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トキオブログ

思うことをうまく文章にしたいです

他人をジャッジできない

呟き
  他人の好き嫌いがハッキリしている人が羨ましいと思う。自分はたまに優しい人間だと言われることがある。でも自分の場合、それは優しさというよりも、本来の気の弱さと、他人を軽視してる傲慢さの表れなんだ。そりゃあ自分だって他人と対峙してるとき、好き、好ましい、普通、好ましくない、嫌いくらいの違いは感じてる。自分の中である個人の存在が大きくなったり、はたまた小さくなったり、そういう動きも感じてる。ただ、特に一人になったときに多いんだけど、そういう良くも悪くも人間それぞれにある違いが、なぜだか急に色褪せてしまって、すべての他人が結局あるひとつの輪の中に入っているように見えるときがある。友人か、家族か、上司か、知人か、親戚か、見知らぬ人間か、そういうこともぼんやりとしてきて、そこではもはや、好きか嫌いかという区別は関係なくなってしまう。自分はその輪の外にある別の輪の中にいて、他人が入っている輪に対して、その一部分だけを区切ったり、優遇したり、非難したり、そういうジャッジをするだけの関係性がないように思われる。そしてその他人が集合した大きな輪に対して、生きていくにはあまりに気力の弱い自分一人では立ち向かっていけない、そういうことも感じる。他人と関わる時はいつも、ぼんやりとしていて、逃げ腰で、怯えていて、一線を引いている。だから、己の好き嫌いに敏感であり、好きな人間には惜しみない好意を、嫌いな人間にはストレートな不快感を伝えられる人というのは本当に凄いし、自分よりも余程誠実だと思わざるを得ない。