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トキオブログ

思うことをうまく文章にしたいです

『バクチと自治体』

  戦後日本が復興を遂げていくにあたって、大きな役割を果たしたもののひとつに公営ギャンブル(競馬、競輪、競艇オートレース)の存在があったらしい。
  まず何よりもバクチは地方自治体の財源を潤した。東京都の場合には、東京都、市、あと区全体のそれぞれに開催権が認められていて、各々がギャンブルを開催しており、戦後の東京はまさにギャンブル都市の様相を呈していたとのこと。都に至ってはドッグレースまで検討していた時期もあったらしく、凄いの一言。
  しかし70年代前半になってイメージの悪化や売上の減少によって相次いでギャンブル場が閉鎖に追い込まれていく。この時代のゴタゴタ感が結構面白くて、もっと詳しく知りたいなーと思った。
  例えば、この時代、競馬場の閉鎖に伴って従業員や関係者への補償をめぐるデモが相次いで起こっていたという。ここで筆者の三好さんはもともと持ちつ持たれつの関係だったのだから税金を使って彼らだけが過剰に保護される理由はない、と主張している。また、別のところでは、日本における公営ギャンブルの衰退には、ギャンブルを後ろめたいと思った行政が積極的な宣伝をしてこなかったことにも原因があるという指摘がされている。この辺の行政とギャンブルのつかず離れずの微妙な関係性はすごく面白い。無関係を装う胴元。
  あとは八百長疑惑をキッカケとして競輪場で繰り返し起こった投石・放火などの騒擾の話なんかも幾つか紹介されてた。(鳴尾事件 - Wikipedia)こういうのを読んでると日本って昔は随分と荒れてたんだなーと思う。死者のでるような騒ぎとか今はなかなか起こらないんじゃないだろうか。
  民間であるJRAと公営の地方競馬の明暗を分けた路線変更の話もなるほどなって感じだった。間口を広げる、新しい世代のファンをつける、とか。ただ一方で、新しいファンのために分かりやすくしすぎると「くじ」の要素が強まってしまい、レースを「読む」というギャンブルの面白さが減ってしまうとのことで、そこはなかなか難しいところですね。
  自分のようにあんまりギャンブル自体に興味を持たない人でも色々な角度から楽しめる本でした。

バクチと自治体 (集英社新書 495H)

バクチと自治体 (集英社新書 495H)