トキオブログ

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人間が宇宙に出るということ 立花隆『宇宙からの帰還』

立花隆さんの『宇宙からの帰還』を読んだ。

 

宇宙からの帰還 (中公文庫)

宇宙からの帰還 (中公文庫)

 

 

野口聡一さんは高校3年生の時にこの本を読んで宇宙飛行士になることを決めたという。自分が言うのもなんだけど、その気持ちがとても良く分かる。これまで持っていた宇宙観がひっくりかえるというか、全く別の方向から照らし出された全く違う宇宙の姿を垣間見せられて、読み終わってからは頭の中に新しい部屋がひとつ出来たような感じだった。

前半はまず宇宙へ行く技術の話が続く。人間を宇宙へと送り出し、無事に帰すために求められる技術の正確さ・緻密さにひたすら驚きの連続だった。特にアポロ13号の事故の部分は、数字を次々に並べる立花さんの書き方が上手いのもあって、食い入るように読んだ。ここを読んでると、宇宙産業というのが現代テクノロジーの最高点であるということがよく分かる。

そのテクノロジーの結晶である宇宙船に乗り込む宇宙飛行士たちも超一流中の一流で、彼らには何かひとつの分野のスペシャリストになることが求められる。だから彼らは技術的な部分については何一つ申し分ない人々だけれど、そんなバリバリの理系である彼らには「宇宙体験」という人類史の中でも極々わずかな人々だけがした特別な体験を語るための言葉の技術と、内的なインパクトに備えた心の準備が欠けていた。そして宇宙飛行士が地球に戻ってきたあともその精神的な影響に着目するような場が技術集団であるNASAには無かった。

本の後半はこうした宇宙体験から受けた内的インパクトについて、立花さんが自らかつての宇宙飛行士たちを回ってインタビューした内容が中心になる。この宇宙飛行士たちが宇宙体験を経たあとの自分の哲学を語る部分が一番おもしろい部分だけど、実はここが読んでいて一番歯がゆい部分かもしれない。宇宙に浮かぶ地球を見た瞬間、全てのことを感覚的に一瞬で理解できた、と言う宇宙飛行士がいる。この感覚は実際に体験するまで本当には分からない。それでも彼らが語っていることは自分の宇宙観をこれまで見たことのない、新しい方向に広げるには十分すぎるインパクトがあった。自分がそれを体験できる可能性は限りなく0に近い。でも恐らくこの先ずっと、宇宙に行きたいと思い続けてしまうだろう。

 

最後にアポロ9号に乗ったラッセル・シュワイカートのインタビューからの引用。

それは本質的に語って人に伝えることができないような体験。語ること自体がそれを台無しにしてしまう恐れが強い体験。偉大な作家でもないかぎり、とうてい真の意味では語ることが不可能なような性質の体験なのだ。しかし一方で、この体験は、ぜひとも全人類にわかちあってもらいたいと願うような体験でもある。願うというよりは、私はそれが義務だと思っている。この強い義務感が、宇宙体験の与えた重要な精神的インパクトのひとつなのだ。つまり、その体験をしながら、私は、それが個人的な体験だとは思わなかった。おこがましい言い方になるかもしれないが、人類を代表してというか、人間という種を代表して、自分がそこにいると思った。自分を自分という一個人と見ることができなかった。