トキオブログ

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「ベン・ハー」を観た

ベン・ハー 製作50周年記念リマスター版(2枚組) [Blu-ray]

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 Wikipediaによれば「黒澤明は「『赤ひげ』なんてベン・ハーの1カットにも及ばない」とコメントしている」らしい。たしかに素人が見ても、どのシーンも一切隙がなく、素晴らしかった。特に最初にイエスが生まれる馬小屋のシーンなんかは、画になる構図だなあなんて見とれてたら、画面の奥から手前に子牛がぽんと飛び出してきたりして、凄く面白いなと思った。あとはやっぱり大競馬のシーン。あのバカでかい競技場、セットとして造ったものだと知ってまず驚いた。そして疾走する4頭だての馬車を追うカメラの視点も前から、後ろから、横からと変わって、一体どこからどうやって撮ってるんだ!というのばっかり。あとジュダの馬車が倒れた馬車につまづくシーンなんかはもう、呆然と観入るしかない迫力だった。
  物語の肝になるのは、ジュダの信仰の再生という部分なんだと思う。序盤でジュダはメッサラに頼まれたローマへの協力を「ユダヤの未来を信じている」と言って断る。その結果ジュダはガレー船送りにされ、ジュダの母と妹は投獄、使用人であり友人である老人は拷問されて半身不随の憂き目に遭ってしまう。4年後に功績をあげてローマ市民となったジュダがユダヤの地に帰ったときも相変わらずユダヤはローマの一属州のままで、さらに母と妹に至っては癩病にかかっていた。ジュダはかつてガレー船へと送られるときにある人物から与えられた希望を失い、憎しみに身を任せるようになっていく。けれど再びエルサレムでその人物に出会い、そしてその奇跡を目の当たりにすることで信仰と生きる希望を取り戻す。
  ジュダは信仰によって、暴力に頼らず、ユダヤの地がローマのくびきから解放される日をもう一度信じることが出来るようになった。結局ローマがのちにキリスト教を公認することになるのは世界史でも勉強することだ。今でこそ世界宗教になってるキリスト教だけど、この時代のキリストへの信仰というのはジュダのようにナショナルな感情と不可分だったのだろうか。