トキオブログ

思うことをうまく文章にしたいです

白鵬の引退について

 強い力士にはオーラがある。その中でも白鵬は、ちょっと格が違う力士だったと思う。好きな力士は他にもいた。個性的で面白い力士もたくさんいる。ただテレビ越しであっても、勝利を目指す精神的な強さ、研ぎ澄まされた肉体の強さが、あれだけはっきりと伝わってくる力士は他にいなかった。取組前のルーティーン(肩を回してフッと息を吐く)を行う白鵬の顔を見てると、いつも負けるということが想像できなかった。

 私が相撲を一番見ていたのは、ちょうど白鵬の取組について色んな論議が起き、日馬富士鶴竜には問題やケガがあり、稀勢の里横綱になる、そんなタイミングだった。白鵬があまりに強すぎて、白鵬が負けると、大きな歓声が上がっていたときだった。あの空気の中で一人勝ちを重ねていく姿は、本当にトップの孤独というものを体現していたと思う。

 横綱が次々にケガなどで引退する中で、白鵬という圧倒的な横綱の存在があったから、「見せ物」としての相撲は面白さを失わなかったように思う。白鵬の去り際はとても格好良く、清々しかった。お疲れ様でした。

妊娠したら分かったこと

・妊娠するまでは超不安

 妊娠が分かるまで基礎体温を測っていた。ただ自分はまったく体温が上がらなくて、35.6〜36.0℃を行ったり来たり。それが20日以上続いて、排卵予想日もそうだったので、排卵されているのか凄く不安になった。赤ちゃんの姿を見てから、実際の排卵日は2週間くらい遅れていたことが分かった。ただ妊娠してからも、結局36.8℃までしか基礎体温は上がらなかった。

 とにかく自分は妊娠できる身体なのだろうか?いう不安から、「妊活」「基礎体温」をツイッターで検索してばかりいました。そして何年も不妊治療をしてる人たちの姿を見て、自分はこの人たちのように頑張れるのか?と自問自答しまくってました。妊娠に至る道は本当に人それぞれなのだと初めて理解したし、こういうことを早く知りたかったなと思った。(ただ今のタイミングでないと中々理解できなかったかもしれない)

 

・妊娠してからも超不安

 2週間分小さかったので、最初に病院に行った時は本当に微妙な、胎嚢っぽいものしか見えなかった。「想定の週数からすると小さいので、排卵が遅れたか、悲しい場合にはうまく成長していないことも考えられますが、妊娠していることは間違いないですよ」と伝えられた。

 ここから次の2週間後までがとにかく長い。死ぬほど長い。お医者さんが優しく正確に、むやみに期待させないよう伝えてくれたことは理解してる。ただ「うまく成長していない」という言葉だけが心に残ってしまった。流産率を調べて、初期は15%もあるのか...とビクビクしていた。2回目の不安ほどではないけど、産まれるまではドキドキが続くんだろう。

 

・金はかかる

 母子手帳をもらうまでの通院で2万円、最初の妊婦検診で2万円(自己負担分)、分娩予約金の15万円が、妊娠が分かって2ヶ月以内にかかったお金だ。つわりが辛くてゆるい服や下着を買ったり、地味に出費がある。自分は共働きの夫婦で折半だからいいけど、お金のない人やシングルマザーには、金銭的にも精神的にも重い負担だなと思った。そういう人たちに負担がかからないようにしてもらいたい。

三島由紀夫「金閣寺」の柏木について

 ついに三島由紀夫デビューをした。三島由紀夫とはずっと縁がなくて、今まで一度も読んだことがなかった。よーし代表作からいくかと「金閣寺」を手に取ったんだけど、これがとても面白かった。「金閣寺を燃やす」という結末は分かっていて、そこにいたるまでの主人公の行動や内面の動きは、強烈さというよりジクジクと痛むような暗さがあって、その暗さに少しずつ引き込まれていった。

 この主人公の考え方を逆から照らして、物語を面白くしているのは何といっても級友の柏木だろう。柏木の思想は、主人公と比べて強烈かつ振り切っていて、登場シーンからキレキレだ。冒頭からいきなり長々と行われる彼の独白が面白かったので、読み終わってから整理をしてみた。

 内飜足の柏木はそれが「自分の存在の条件」であり、それによって「女に愛されない」という確信を持っている。「内飜足であっても自分が愛される」という世界を夢想することを嫌い、世界との融和を拒み、自分の存在は内飜足という条件なくして有り得ないと考えている。ある一定の女性たちに好かれる柏木だが、それも内飜足という条件を、彼女達が愛していると錯覚しているだけだと言う。

 柏木にとって愛は存在しないものだ。女に欲望を感じるとき、柏木は仮象にいて、女という実相だけを見ている。その実相は世界の外にある。そして女は女で、女の仮象から柏木の内飜足という実相を見ているにすぎない。愛はいかに相手に近づくかを考えるが、これは仮象が実相に結びつこうとしている迷妄であると柏木はいう。相手との距離を保って実相だけを見る・見られるという関係になれば、そこには不安も愛もなくなるのだと。

そもそも存在の不安とは、自分が十分に存在していないという贅沢な不満から生れるものではないか。

 主人公は世界に近づこうとする度に、永遠の美である金閣寺にはばまれてしまう。主人公は金閣寺を焼くという行為によって世界に近づこうとする一方、柏木は自分の存在の条件を上手く使い、世界の外にある実相だけを重要だと考える。認識によってのみ、世界は変えられると言う。

 柏木の話はややこしくて理解できない部分も多い。ただ内飜足という存在の条件が、柏木の生そのものであり、その生のあり方は柏木以外の人間にはあり得ないことは分かる。そこが彼独自の妖しい魅力になっている。