トキオブログ

思うことをうまく文章にしたいです

賃貸不動産経営管理士の試験を受けてきた

  今日は賃貸不動産経営管理士の試験を受けてきました。どうでもいいんだけど市ヶ谷と御茶ノ水の、改札を出た瞬間の風景ってすごい似てるのね。
  内容は個数問題が増えて、それぞれ難化してましたね。出題方式が宅建に似てきているみたい。18時に公開されたLECの解答速報と照らし合わせたら、40点満点中34点だった。とりあえず30点を超えていれば大丈夫じゃないでしょうか。でも宅建を去年勉強していて、マンション管理士と管理業者を今年勉強していなかったら一体何点だったんだろう。今回、賃貸不動産経営管理士の勉強としては、テキスト2回読んで、問題集を1回解いて間違えたところを見直ししたくらいだった。それだけだったら多分落ちてたなーと思う。賃貸不動産経営管理士についてや、ガイドラインや設備なんかの問題は相変わらず常識問題だったけど、債権の譲渡とか、転貸とか、賃料増減請求権とか、その辺りはかなり迷って、間違えた。次の試験に通じるところがあるから、気をつけないとなー。いよいよ来週のマンション管理士が鬼門です。受ける方、頑張りましょう。

最近のこと

初恋の嵐「untitled」
  シンプルな構成なのに、妙にぐねっとした感じが、ハマる。えーこんな曲ありなんだ、と思った曲は久し振りだ。あと歌詞もいいな。恋愛のヒリヒリした、苦い感覚が漂っている。「お前が望むものなどここには残ってないよ」


・引っ越すことにした
  更新したばっかりだけど、家を出ることになった。引越し先はたまたま仕事で見に行った物件で、朝はじめて部屋を見て、昼には引っ越すことを決めて申込書をオーナーに出した。今の家から良くなるところしかないのに、家賃が大して変わらないところが決め手だった。今の家も悪くない部屋だと思うけど、日当たりが良い、上階がいない、会社の前を通らなくてもいい、モニターホンがほしい、キッチンでお湯が出る、駅に近い、っていう「こうだといいな」がすべて揃っている部屋で、ちょっと感動すらしてしまいました。賃貸の住居って本当に建物そのものと間取りに大きく左右されるなーと改めて思う。入居後に改善できる部分は、思っているより少ないし、何より面倒くさい。素材がいい美人と生まれつきのブスみたいな話?元々の素材で95パーセントは決まっているんだ!

・ピアスの穴を開けた
  皮膚科で開けた。待ち時間も含めて20分位の所要時間で、ファーストピアス含み両耳で5000円。今まで自分の耳の形なんてしっかり見たことがなかったけど、場所を決めるときに看護師さんから「こっちの耳は耳たぶが広いけどこっちは尖ってて〜」みたいな説明があり、おお確かになーって感じで面白かった。ただど真ん中に穴を開けりゃあいいのかと思っていたけど、そうではなかったらしい。最近の流行りっていうのもあって女性は耳たぶの下側、男性は真ん中らしい。
  実際に穴を開ける施術は2分位で終わった。アルコールで耳を拭かれて、「少し痛いけど跳び上がるほどじゃ無いから。行くよー。」と言われて、ビシビシと開けて終了。本当にその通りだった。最初はじーんとするけど、1時間も経つと一切違和感がなくなった。看護師さんが最後「似合ってるね」と言ってくれて嬉しかったけど、うまく反応できなくて「うへへ...」って笑っといた。

日記

資格の話
  今年の宅建も終わりましたね。一年間が本当にあっという間だ。宅建は去年とったので、今年はこれからマンション管理士管理業務主任者の試験を受ける。マンション管理士宅建より合格率がずっと低いけれど、問題自体は宅建よりよっぽど素直だと思う。すぐ実務に役立つことにはならないけど、分譲マンションみいな複雑で面倒くさい現実を成り立たせている決まりを知るのは、それだけでも中々面白い。自分はこの資格試験に限らず、具体例の前にそういう根本的な理屈の方を先に知っておきたいと思ってしまうタイプです。これをとれたら次はFPとろうかな。何か資格好きみたいになってきた。

26歳になった

  先日26歳になった。ツイッターにも書いたけど、生きるのには恥ずかしく、開き直るには足りない歳という感じです。自分が「深夜特急」を読んだのが多分20歳の頃だった。あの本の中の沢木耕太郎は26歳で、それから何となく26歳という年齢を意識して生きてきたけど、こうもあっさりなってしまうとは。新しいことを無理やりにやる力、まだ自分に残っているのか怪しいけど、もうこの段階の人生にもいい加減飽きてしまったよね。環境を変えるしかない気がする。

サッポロ一番塩ラーメンの思い出

  今日は珍しく昼休みに家に戻って、サッポロ一番の塩ラーメンを作った。そのラーメンをすすってる時に、ふと小学生の頃の日曜日のことを思い出した。
  小学生の時、母親がある宗教に入っていて、日曜日の午前中は必ずその宗教の集いがあった。(今思えば隔週だったかもしれない。)一方父親はその宗教には入っていなかったので、集いが終わって日曜日の昼間に家に帰ると、父親は必ずムスッとして、ゲームやら何やらをしながらイライラを隠さず待っていた。子どもには「おかえり」と言うけど、母親には言わない時もあった。自分はその帰宅後の気まづい瞬間がすごく嫌で、無駄に愛想よく父親に甘えたり、話し掛けたりしていた記憶がある。そして母親はいつもの母親に戻って、昼ご飯を作るんだけど、その時によく出てきたのがサッポロ一番の塩ラーメンだった。その昼ご飯を食べた後、日曜日の午後は普通に家族で買い物に出掛けたりしていた。
  なんか今思えばあの昼ご飯に、「まあ色々あるけど、とりあえず仲良くやりましょうよ」というような、暗黙の家族の仲直りがあったのかもしれない。何となく、サッポロ一番の中でも塩ラーメンを贔屓してしまうのは、こういう思い出のせいもあったりして。感傷的な気持ちになった訳ではないけれど、日曜日のお昼にサッポロ一番塩ラーメンを食べていて、ふと懐かしいなと思ったので書き残しておきます。本当に美味いよなー。

サッポロ一番 塩らーめん 5食×6個

サッポロ一番 塩らーめん 5食×6個